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古民家カフェ~ことばのはおと

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遅くなりましたが、過日京都旅行のもうひとつの目的、それはこちらの町屋のカフェに立ち寄ることでした。

京都ブログのひろさんのいきつけのお店でたびたび紹介されて、町屋の古いたたずまいにすっかり惹かれて京都へ行ったらぜひ訪れようと心決めていたのでした。

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元々未熟なうえに、このたびは歴女の旅もいささかお疲れで、コンテジの撮影となりましたが、十分伝わるかどうかご容赦を。。

こうしてお座敷なんです、まるでおうちみたいでしょ。あ、おうちなんですが(笑)

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あちこちにこんな感じで、インテリアになっています。

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外に目を向けると。。奥はお手洗いに。。

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こんな風に、カメラ好きの常連さんも多くぶらっと立ち寄るとっても落ち着きくつろげる空間です。

おや?オグシオじゃなかったマイナショジオもしっかりお供しておりまする。

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そんなことばのはおとでした。

また行きたいなぁhappy01

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葦廉

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今日はもういっちょうアップを。

家は西南の方角で、窓もたっぷりとられて終日明るいのですが、ここにきて西日がキツくなり葦廉をすることに。

でホームセンターで物色し、いざ立て懸けようとしたらありゃ、丈が長すぎて天井に引っ掛かってしまった・・

一応寸法は測っていったつもりが大きめを購入したのが災いしたようで。

で今日は午前中に用事を済ませてから、ノコギリでギコギコと切っていきこれに一時間。

汗だくで慣れないことですっかり疲れてしまいお昼は二時間休憩(実質お昼寝)

それから夕方近くから、今度はオヤジからの”最初にニスを縫っていたら持ちが違うからやっとけよ”との進言があり、これまた長~い葦廉をエッサホイサと刷毛を使って塗ること一時間。。

タオルを首に巻いてこれまた汗だくだくsweat01

あ~疲れました~shock

これで一日が終わってしまいました。。

しかしこうしてみると涼しげで目隠しにもなるし、なかなか風情があります。

昔ながらものってやはり良く考えられているなぁってつくづく思ったのでした。。

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玄人好み

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最近は野球ネタもすっかりご無沙汰ですが、トラキチさんとの野球談議もどこか湿りがちです。。

そんな中、愛子様が野球に興味を持たれているという話題になり、なんでもWBCを観戦されてから強い興味を持たれたとか。

それもですよ、イチローとかダルビッシュではなくなんとベイスターズの内川選手とか。。

トラキチ『あの内川は、WBCの時、あわや抜けらたら絶対絶命とまでいく打球をよう取ってくれたわ。あれが大きかった。。あそこで守り切ったから次に点が入ったんや。あの内川に目をつけるとは玄人好みや。たいしたもんや・・』

ほんに。。このまっちゃんなどイチローに感激してしまったのに。。

私『それにしても台覧観戦も、東京ドームじゃなくて、あの神宮ってとこがまた通じゃない?』

トラキチ『それに雅子さまも以前はジャイアンツの高田の熱列なファンやったんやろ。そのへんの血も受け継いでいるんかなぁ。しかし神宮やと警備も大変やったやろなぁ(笑)』

その当の内川、”このボクでいいんですか”ってすっかり舞い上がっているらしい。。

その台覧試合では愛子様とも対面を果たし、愛子様の前で勝利も飾ったとか。

内川のブログも見ているという愛子様、そのあたりは可愛いですね。

まだお小さい愛子様ですがちょっと表現は違いますがその審美眼なるものに、ええオバチャンのミーハーのこのまっちゃん、愛子様に学んだ気がしました。

今日はそのベイスターズとの対戦、おかげさまで今のところリードさせてもらっていますhappy01

え?なぜ皇室の話などと?

実はこのまっちゃん、皇室結構好きなんです。

天皇の後継問題などもありますが、ここはあえて触れずに、大相撲にもお詳しく、これから愛子様がどのように成長されていくのか楽しみになりました。

※写真はサッカースタジアムです。

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除湿庫がやってきた

初めて一眼レフを購入してから一年半あまりになりますが、以前職場でカメラに詳しい父上を持たれる人から、『カメラって湿度を嫌うから除湿庫に入れているのを見かけたわ、まっちゃんさんは使っている?』

私『え?じょしつこ?』

お恥ずかしいことにこのまっちゃん、除湿庫の存在を知らなかったんです。。

そうなんだ、カメラに詳しい人に尋ねると、除湿庫は必要でインテリアにもなるしね、とのこと。

しかし新しいレンズやらカメラ、そしてカメラバッグなどが優先してしまい、ようやくネットでお安く購入することにしました。

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さあさあ、みんな入った入った、ありゃカメラにレンズやら入れてたら、上の段がキチキチになってもた。。

カメラも数少ないので一番小さいのでいいかって思ったのですが、カメラ8台分入るってことだから安心していたのに、案外だなぁ。。

まあでも当分はこれでいけそうで、おおっ、ちょい前に購入したフィルムのコンテジくんがおった・・すっかりご無沙汰で、またゆっくり連れて行ってやるからねー。

ちなみに商品は東洋リビングのED-42CDAです。

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なんとかおさまったようです。

カメラやレンズくんたちもようやくお家が出来てよかったよかったhappy01

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人の心の危うさの天地人

いやいやまたしてもお久しぶりでございまする~happy01

どうも一週お休みしただけで、まっちゃん姫ならぬ浦島姫になった気分です。

なにせいまやブルーレィなるものも登場している昨今、ビデオデッキが数年前に壊れて以来、未だ購入することなく今日に至っており不便このうえない。

地デジ対応に備えて、TVと一緒にと検討しておるのですが、電化貯金なるものもこの一年ほど前からやっておるのですが、デッキともとなるといささか予算が足りませぬ。

・・・あ、いやこのまっちゃん家のお家事情などどうでもいい話でした。。

つまり何を言いたかったかと言うと、再放送を見るのも叶わず、結局薬局、一週飛んでしまったというわけでして。

しかしこの先、このまっちゃん姫のスケジュール的には非っ常にキビシ~ィsign01by財津一郎(これまた古~って非常のライセンスの上をいくわ)

またまた観ることが叶いませぬweep(しかも二週続けて・・)

ささ、そんなことばかり言っていても埒もあかず、このさい、エコポイントもあることだし、思い切って買っちゃおうかなぁ。。

さてさて、大河ドラマへといきましょう。

先週のことが分からないので何なんですが、どうやら小田原で北条を攻めて、やっと天下統一を果たし、景勝らも越後へと凱旋したようです。

そしてお船も第二子を懐妊中で、ようやく夫婦穏やかな日がやってきそうです。

だが、そこに気がかりなことが。

関白殿下からの大名の妻を上洛させよとの命があり、菊姫は未だその上洛を拒んでいるのでした。

嫌なものは嫌でございます、とまるで子供の駄々っ子のようですが、これには菊姫にもある心うちがあってのことのようですが、景勝には気持ちを伝えずにいます。

心配するお船は再三、菊姫の元を訪れ、殿とゆっくりお話されてはと説得するも誰もこの私の気持ちなぞ分かるまいと頑なな態度です。

さて一方、京では、千利休が、反逆の罪でちっ居を命じられています。

いまや秀長も亡くなり、誰も秀吉に指南するものがいなくなり、そんな中、上洛した妻たちは夫のため唯一、頭が上がらぬ北政所さまと茶々姫に日参している有り様とのこと。

そしてこの千利休を警護するよう上杉が任されます。

祀りごとに自然と関わってきた千利休に、逆らったものはこうなるとまさに見せしめともいえる仕打ちですが、ここで千利休が頭を下げれば、秀吉の顔を立てることになるも、何故頭を下げねばならぬかと、頭を下げることによって守るべきものもあると言う景勝に、ここで頭を下げると、ワシの茶の湯三昧が筋を通らなくなると、利休の茶の湯は汚される、とまで言い切ります。

そして二日後、切腹の命が。

しかしこれにもあくまで茶の湯に生きることを天下人にさえ及ばぬことになると、茶人としての誇りを最後まで貫き通した一生でした。

これには兼続は、三成にここまでしなくてもと言うも、新しい天下はすべて太閤殿下に集めなくてはならぬそれゆえ、たてつく者がおってはならぬと。

利休めが我を張りおったという三成、人の命を何とも思わぬのか、人の情を持てぬのかと兼続。

情に流されば、戦国の世に逆戻りじゃとこれも豊臣の天下のため、太平の世を作るためと三成。

けれど兼続は、世は人で成り立っている、それを忘れては人はついて来ぬと三成の冷徹さを突きます。

もしかしたら、千利休が兼続に三成にはお気をつけてと言うのもこのあたりにあったのではとこのまっちゃん姫の勝手な想像なんですが。。

ささ、今度は一転して景勝の奥方さまこと菊姫です。

再度、いまや太閤殿下には誰も逆らえぬ、逆らえば上杉を滅ぼすことにもなりますとまで仙桃院までもが頼んでも、聞きいれず、とうとう景勝自ら、我が命である、上洛せよ、と命じられてしまいます。。

殿のおいいつけとあればと言い残し、去っていく菊姫。

後を追ってお船が、菊姫のいるお部屋に訪れます。

失礼します、と戸を開けると、なんと短刀を前に覚悟の様子。

そして・・菊姫は秘めていた心のうちを話し出します。

私は心から殿をお慕いしておる。だが、殿は私にとって祀りごとの道具でしかない。ここで死んでもすぐに代わりが見つかろうと。

私が京へ上洛→殿が側室を設ける→やがて子ができる→私が不要となる

その侘しさ、心もとなさ、そなたにはそれが分からぬかとお船に訴えるのです。

なんと女性らしい菊姫なのか。

ここで比較するのも何ですが、あの北政所さまなどどうなるのかと。

まま立場は違いますが、あの方はすごいわ。。

気が強そうに見える菊姫もどこかある意味わがままとも見えますが、なんとも女の一途さがいじらしいくらいです。

思いあまって自ら命を断とうとするも死に切れず、ついにお船は奥方さまをおひとりにはさせません、私がお供しますと。

これにはそなたには子がおるではないかと菊姫は驚きます。

それにも私は奥方さまのお力になりとうございます、ご上洛のお伴、お命じくださいと。

これにはお船の手を取り、涙を流すのです。。

ようやく決意した菊姫に、景勝は、お船からそなたの気持ちを聞いたと言い、ワシはそなたを思うておる、許せ。

おおっ、この短い言葉は菊姫にとってなによりも変えがたいものではないでしょうかlovelyheart04

このまっちゃん姫もジーンときました。

ただ、これに驚いたのが兼続です。

・・・本気か。。という兼続に、私はこのたびの上洛はゆくゆくはこの子たちのためになると思うておりますと前向きな考えです。

やはり母は強しか、兼続もこの子たちはワシがしっかり世話をするとマイホームパパぶりです。

離れてもよりいっそう絆は深まりそうです。

さ、これにて終わりましたな。なんぞ忘れ物は・・・・ありましたらご了承を。。

それでは天候も不順にて、またお会いできるまでお元気で

まっちゃん姫

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再び大阪へ

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今日は研修で大阪まで行ってきました。

感染症フォーラムというテーマだったのですが、研修は午後からなのでその前に腹ごしらえで梅田でインディアンカレーを食べました。これが最初口に入れたときは、甘口なんですが、後からめちゃ辛い~sweat01

でもこれがたまらないんですよねー。汗かくかくcoldsweats01

ところで、あれほど大騒ぎした新型インフルエンザですが、この時期も5月より3~4倍患者数が多いってことご存じでしたか。

もし身近に発症した人が出ると、家族には予防投与(タミフルなど)として通常の半量を数日間服用してもらうのですが、一般人には予防投薬しないとか。

ワクチンも今年の冬には出来そうらしいですが、なかなか感染経路もつかみにくく、マスクも感染者がマスクすることによって感染の広がりを防ぐ効果はありそうですが、予防のため街中でマスクを着用するのもどこまで有効なのかは疑問なようです。

ただ、感染者と接するときにはマスク着用は必要であることは間違いないです。

色々とデータも出していましたが、いまいち目新しい情報は得られなかった印象です。

ここで面白かったのは最後の講演です。

テーマはノロウイルスだったのですが、この方は座長の紹介によると内外とも認められるその道の第一人者らしい。

そんな方ですから様々な役職を歴任し、あれこれおいそがしく・・

いつものようにノロウイルスを研究中、誤って容器を割ってしまい、ウイルスくんをどうやら接触感染してしまったらしい。

その後潜伏期を経て、腹痛下痢嘔吐の症状が現われ、ここでこのセンセー、自らを検体になることを決意、さあそれからというもの仕事先のホテルや、どこへ行くにもウ●チを取りまくったそうな。。

徐々に症状も落ち着きデータ上も下降線をたどっていく中、このまま終わっては面白くないと広島産のカキを食したそうな。

えらいもので検査データは正直なもの、再び上昇カーブとなったとか。。

そんなこんなで一か月ほど奮闘し、時を経て、今度は、ロサンゼルスで再び腹部症状が勃発。

えらいこっちゃ、帰りの飛行機でなんぞないかとそうだ吐物用の収納袋を代用し、ここにまたしてもウ●チをサンプルとして収集することに。。

関空の検疫にも無事?通過し、そのまま自宅冷蔵庫へフリーザー保存となる。

ここでフリーザー保存で、奥さんからクレームがあり一悶着したそうな。。

翌日、いよいよIC kitで、テストとなる段階で、ふとあるものが必要なのに気がついた。

遠心分離機である。

なんぞ自宅で代用がないものかとまた考え、おおっ、我が愛車があったではないか(チャリンコ)

でどうするかというと、車輪のところにこの試験管を取り付け、そこでセンセー自ら自転車をこぎ、遠心力の応用というわけ(わかりますか)

ひたすらごぎましたと言われ、ようやく分離されて検査にこぎつけたとか。

この間写真入りで紹介され、大爆笑でしたcoldsweats01

でセンセーいわく、仮にも公務員たるもの、何をやってんのかと、ここだけの話にしておいてくださいとのことですので、みなさんもそのおつもりで(笑)

しかし今になってなぜかお昼にカレー食べてもた・・・失礼いたしました。。

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まっちゃんのぶらぶら街歩き

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今日も暑かったですねーcoldsweats01

さて京都旅行ですっかり味をしめて、またぶらっとどこぞへお出かけしたくなりました。

とはいってもこのたびは近場でのスポットにしました。

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で選んだ場所は塩屋でござい。

ここは海と山が近く古い町並みが残る場所でもあります。

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駅を出て南に降りるとすぐ海が見えます。

実はこのまっちゃん、高校時代はこの沿線が通学沿線で、毎日車窓から見えるオーシャンビューを眺めて通学したものでした。

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もう一駅東にいけば須磨ビーチがありますが、ここは漁港になっていますね。

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うみはひろいなー、おおきいなーnote

西に目を向ければ淡路島に明石大橋も視界に入ってきます。

しっかし暑いなぁ。。。

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さ、今度は北へ出ます。ここは旧グッケンハイム邸です。

明治大正期に神戸に滞在したドイツ系の貿易商の家族にその名が由来されているらしいです。

1909年に建てられたらしく築100年となり今年はそれにちなんで催しものがあるそうな。

ここは普段は解放しておらず、第三木曜日が公開される日で、それ以外では多目的に利用されているようです。

でこのまっちゃんカメラマンがやって来た日もあいにく公開日ではなかったのですが、管理人のおばさんの好意で、な、なんとこのまっちゃんのために特別に中を見せてもらうことになったのですsign01貸切りで、しかも無料で、自由に撮影してもらってもいいですよと言って下さり、感謝、感謝。

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締め切った窓を開けてカーテンも開けてくれました。

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こうして見ていると北野の異人館を思い出しますね。

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現在は施設として利用されているのでテーブルや椅子などもあちこちに置かれています。

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二階から見える景色です。

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こういう錠前って昔はガチャガチャして閉めてましたねー。

こどもの頃が懐かしい・・

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(Nikon D90 SIGMA18-250mm)

おばさんのおかげで、楽しく撮ることが出来ましたcamera

なんだか部分日食見たら、ツイてきたのかしらん happy01

まっちゃんカメラマン

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三日月の太陽~部分日食

今日は皆既日食でしたね。

みなさんはご覧になられたのでしょうか。

このまっちゃんはなんと偶然にも部分日食ですが見ることが出来ました~note

とはいっても今日はお仕事だったのですが、お昼前に、出入りの業者のお兄さんが来ていて、『今、太陽が三日月になっているのが見えますよ』と言われ、ええっ~sign02今見えるの~sign01ってみんなどこだどこだと、仕事ほったらかしで詰所を飛び出し、太陽の見えるベランダへと向かったのでした(この間詰所カラッポ。。ってどんな職場やねん・・・・)

外に出て、ふと真上の上空を見上げると、いつもの太陽が欠けて見えるのですsign01

皆既日食を直接見たりすると網膜が焼け失明するとか言われていましたが、お兄さんも見ていることだし、ちょこっとだけならとこの間ホンの数秒間。

三日月の太陽が見れるなんて・・・・moon3

ちょっと感動したなぁ。

いや~見れてよかったね^^などと言いながら、仕事へと戻って行ったのでしたhappy01

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祇園祭の舞台裏

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さて初日の予定を終えて、そのまま四条河原町に繰り出したまっちゃんですが、お茶したり、八坂神社のあたりをぶらぶらしていると、どこからかお囃子が聞こえて来ました。

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音が聞こえる方へと向かっていくと、今や祇園祭本番のこのような行列に出くわしました。

この日は10日。山鉾巡行はまだ先でしたが、どうやら調べて見ると、『お迎提灯』の行列だったようで、スタート地点である八坂神社前で出発前の様子を見ることが出来ました。

このお迎提灯とは、新興洗の新興を迎えるため万灯全員有志が八坂神社を出発。周辺地域を巡り、再び同神社に戻ってくるというもの。

コースは、八坂神社→四条河原町→京都市役所前→寺町通→四条通→八坂神社です。

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こうして次々と行列ができスタンバっています。

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おっ、これはまたキュートな綺麗どころが出て参りましたchick

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ご承知のとおり、このまっちゃんカメラマンは単焦点レンズオンリーですので、なかなか美女のアップは難しいです。。

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ぞくぞくと集結し今やおそしと待ちかねております。

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もちろんここでもオジサンカメラマンも健在でこのようにサービスしてポーズをとってくれたりしています。カメラマンからありがとうって言われて、けなげですなぁ。

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これまた可愛らしいですねー。お母さんから、『寝ちゃあダメよ。』なんて言いきかされていました(笑)

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さあさあ、急いで、始まりますよ~。

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いざ、出発ですsign01いやいや思わぬ寄り道で、このような色んな表情を撮れて楽しかったですhappy01

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暑中お見舞い申し上げます

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毎日蒸し暑いですねー。

センター街を歩いていると、このようなものが目に入りました。

ふと見つけて、わあ、氷や~ってみんなこうして触っていましたrock

で思わず携帯でパチリ。

どうですか、一服の涼に少しはなったでしょうかhappy01

写りがいまいちですがご了承を。。

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京都への旅~ねねから信長へ

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まっちゃんの京都の旅も、上杉謙信から秀吉へと移り、高台寺を後にして、秀吉の妻、北政所ねねの終焉の地、えん徳院に向かうことにしました。

ここは高台寺のすぐ近くにあります。

そして今回は歴女まっちゃんが、ちょいと資料も仕入れ、のちの信長に関しても歴史的検証なぞご紹介したいと思います。

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ここがそのえん徳院(すみません、転換が出来ませぬ)です。

ん?心もち、写真が斜めになってますか。。そろそろお疲れのようで。。

北政所ねねは、秀吉の没後、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭をこの山内に移築して移り住んでいます。

爾来、北政所を慕い大名、禅僧、茶人、歌人、画家、陶芸家等多くの文化人が訪れたと伝えられています。

これってふと思ったのですが、まるで篤姫みたいじゃないですか。

大河ドラマでは篤姫隠居後も足しげく通っておられた勝海舟など・・・

ねねこのとき58歳のことであります。

このまっちゃん思いました。現役で力のある時は誰もが近寄ってきますが、現役を引退し、隠居の身となったとき、果たしてどれだけの人が変わらず利害を超えて交流を続けていくことが出来るのだろうかと。

そうはいってももしかしたらご意見番として、君臨していたのかも知れませんって勝手な想像ですが。。

そんな魅力ある人間性をもった人になっていきたいものだと。

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これが伏見城北政所化粧御殿の前庭を移したもので、ここでは枯山水となっています。

う~ん、もっとワイドに撮りたかったのですが、なかなかです・・・

当時のまま300年の年月を経て残されていて、このお庭を北政所さまが毎日ご覧になっていたのかとちょっと感慨深くたたずんでいました。。

実際はもっと広大な感じで趣深いのですが・・

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ねねは77歳で没するまでの19年間をこの地で余生を送り、この地は北政所の終焉の地となったのです。

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さて明けて翌日、今度はちと時代をさかのぼり、信長で有名な本能寺へと行くことにしました。

ここでお断りしておかねばなりません。

実は初日ですっかり疲れてしまい、この日はコンテジのR8に代わってもらうことにしました。

ここは近くに商店街もあって街中に現在は建立されています。

残念ながら本殿は修理中で見ることはかないませんでしたが、宝物館では信長展をやっていて、本能寺の遺品など色々と眼にすることができ、興味深かったです。

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ちょっと撮り方がいまいちなんですが、信長公のお墓です。

さて、1582年6月2日、本能寺の変で、織田信長が明智光秀に討たれたことはみなさんの知るところですが、ではなぜ信長は本能寺に滞在していたのでしょうか。

この変を含めて信長ははっきり記録に残っているだけでも合計4度も本能寺に滞在しました。

本能寺滞在の理由は3つあるといわれています。

※信長はつねづね天皇家に近づきたいと考えていたようです。信長の時代、本能寺で一番偉いお坊さんだった日承聖人は天皇の親戚でした。そこで信長は、本能寺滞在し日承聖人に仏教の教えをうけるとともに天皇家の繋がりを築こうと考えました。

※変の当時の本能寺は今よりもっと大きく広く、またお寺の周りを高い塀を深い堀で囲いとても安全なつくりになっていました。信長はそんな立派で安全な本能寺が気に入っていたようです。

※本能寺は早くから種子島や、大阪の堺で布教活動をおこなっていたので種子島にたくさんの信者がいました。その種子島に1543年に鉄砲が伝わります。このことから本能寺に依頼すると鉄砲を手に入れるのが楽だったようです。それも信長が本能寺に何度も滞在した理由のひとつといわれているそうです。

どうでしょう。う~んそうかぁって感じですね。

こうして歴史も色々検索していくと興味はつきないですねー。

いやいや二日間という短い期間でしたが、とりあえず歴女まっちゃんの大河ドラマを訪ねて京都編はここまでとなります。

つたないものばかりでして最後までお付き合いくだいましてありがとうございました。

さてこのあとは番外編としてまたいくつかお届けしたいと思っておりまする。

まっちゃんカメラマン

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初日の旅を終えて翌朝のホテルにて。

前日のナイターではまたしてもあのお江戸のチームに負けよった・・・

どうも失礼しました~coldsweats01

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天地人家康登場~松方弘樹

今日はたまたまお休みで、今朝TV欄を見ていたら、おっ、お昼のスタジオパークで、あの天地人に出演中の家康役の松方弘樹が出演とあり。

こりゃ見なくっちゃtv

さてお昼になりチャンネルを合わせると、さっそうと松方弘樹が登場。男前や~heart01

なんと今年で芸歴50周年とのことで御年67歳sign02いや~若いわぁ。

そしてもうすっかり大河ドラマの顔だと思っていたら、このたびの天地人では35年ぶりの大河ドラマ出演だとか。

で前回はといえば、”勝海舟”で確か渡哲也が体調不良かなにかで降板し、そのあとを引き継いで出たのが松方弘樹だったらしい。。

ええっ~sign02ってこのまっちゃんしっかり観てましたし、覚えてますよ~。

あのとき、仁科明子も共演していて、これがなれそめのきっかけだったのでは。。

あれが35年もまえか・・・・(ショック・・私しゃどんだけ生きてんねん。いまさらながら・・)

さ、気を取り直して、もちろん松方弘樹は時代劇のスターでもあり、今までにこなしてきた役柄も、信長、秀吉、徳川吉宗、ごぞんじ遠山の金さん、そして家康も今回で二度目だとか。

で大河ドラマでのシーンも紹介されていて、秀吉との腹の探り合いが面白かったですよね。

あの陣羽織を秀吉からもらいうけるシーンではお互い目が笑っていなかったし、胡桃を手でカリカリいわせながら、『人を笑わせておいて、心底では人を笑っておる』と秀吉の怖さを見抜いておりましたなぁ。

そして気になるドラマの後半ですが、どうやら小栗旬クンの石田三成をネチネチとイジメにかかっていくらしい。(これまた面白そー)

次回がそのシーンが観られるらしいのですが、う~ん、残念だぁ。。

そいでもって関ヶ原以後の家康は豹変して怖い存在になるらしいのです。。

そうかぁ、これから期待していいのかなぁ。

そして後半は松方弘樹のプライベートになり、趣味は釣りだそうな。

そうそう、こちらでも松方弘樹のだしているお寿司やさんがあり、食べにいったことがあります。お値段も手ごろでまあまあかな。

それとブログでも紹介しましたいきつけのカラオケもこの松方弘樹がお寿司屋さんとリンクして経営しているんです。

まだ新しくって、フリードリンクでお部屋も広いし、いいですよ~karaoke

そして質問コーナーでは男の色気についての質問で、もちろん見た目男の色気を感じる松方弘樹ですが、男ざかりって、40~55歳くらいをいうんじゃないでしょうかとのこと。

いやいや松方さんも十分男の色気がありますよとの司会者の誘いにも、どこまでも謙虚でどこかお茶目な松方弘樹に、すっかり好感をもったまっちゃんなのでした。

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京都への旅~高台寺

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さて、湯豆腐屋さんを後にして、二年坂をダラダラと降りて行きます。

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この界隈も、いかにも京都らしいカフェやこうしたお土産やさんなど見ているだけでも楽しめます。

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次なる目的地は高台寺です。ここは豊臣秀吉が没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね)が、慶長11年(1624)開創した寺です。

造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行ったので寺観は、壮麗をきわめたそうです。

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とにかく単焦点レンズですので、ただぼ~っと撮っていると平面的なものになってしまい、これも端っこの方まで行ってなんとかおさめた一枚です。

なんだか広角レンズも欲しくなりますねー。

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庭園は、国の史跡・名勝に指定されているだけあってとても綺麗なお庭でした。

どうも技量不足でなかなかお伝えできませんが・・・

ホントに広大な庭園で、この石組みの見事さは桃山時代を代表する庭園として知られているそうです。

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ここは霊屋(おたまや)といい、なかには秀吉と北政所をお祀りしている所であり、秀吉と北政所の木像を安置されています。

華麗な蒔絵が施され、世に高台寺蒔絵と称され桃山時代の漆工芸美術の粋を集めています。

なかはもちろん撮影禁止なので残念ですがとにかく見事でした。。Sdsc_0149

なんだこのほったて小屋は・・・なんて思ってはいけません。

これは傘亭といい利休の意匠による茶席であり、伏見から移建したものなんです。

この古さが時代の流れを感じませんか。

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傘亭と土間廊下でつながっている時雨亭です。悠久の時を経てこうして存在していることが利休や秀吉らとつながっているようなだって同じ日本人ですから。

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今日はここまでend

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京都への旅~上杉謙信を偲んで

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週末の休みを利用して、まだ梅雨の明けない京都へ行って来ました。

今回の旅行の目的はふたつあり、そのひとつは大河ドラマでおなじみの天地人でのゆかりの人物を訪ねて京都編と称してまいりました。

二日間の旅でしたが、歴史のロマンを感じられ楽しい時間を過ごすことができました。

さて一度ではとうてい盛りだくさんなのでシリーズでお届けしたいと思います。

そして今回お供してくれたカメラは新しく購入したD90に、レンズは迷った挙句、お天気がかなり不安定との予報もありここは単焦点クンに頑張ってもらうことにしましたhappy01

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”京の町を一望のもとに見下ろすことのできる眺めのいいこの屋敷は近代になってブリヂストンの石橋家の別荘となり、いまは湯豆腐の料理屋になっている”

これは天地人の原作本からの一節です。

その遡ることかつては、清水の山荘として上杉家の京屋敷であったそうです。

場所は洛東の清水寺を下った三年坂と二年坂のあいだにあります。

謙信は、二度京へのぼったことがあり、そのさい、滞在所として使われたのがこの清水の山荘であったとのことです。

さらに謙信はこう述べています。

清水の山荘から眺める月はことのほか美しい。カエデの枝ごしに、月が煌々と照り、流れ出た泉が蓮池にそそぎ、それが渓流となって心地よい調べをかなでる。水にあらわれた苔やシダは月光の光を吸って青白く底光りする。

う~んいかにも風情を深く愛する謙信が偲ばれますねー。

私が京都へ行きたくなったきっかけでもあります。

それではさっそくここで湯豆腐など食してみましょう。

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靴をげた箱へ入れて素足のまま上がると、いくつかのお部屋があり、私は一番広いお部屋へと案内されました。

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ここのお料理はコースになっていてちょいと張り込みました~note

写真のゴマ豆腐もとっても美味しかったです。すみません、最初だけで。

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今回は単焦点レンズで挑戦だったので、なにせズームと違って自分があちこちと動かなくてはいけなくて、お料理の合間に撮影したりしていて、仲居さんが運んできたら、あらお客さんがいないsign02ってちょっとビックリされたりですsmile

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私のつたない写真でなかなか風情がお伝えできないのが残念ですが・・

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仲居さんの話だと庭も石なども入れたりして手直しもしているらしいのですが、それでも古いお屋敷には変わりなく、こうしてお庭を眺めていると・・・謙信公になった気分upSdsc_0136

いかがでしょう。少しは歴史のロマンを感じられたでしょうか。

いやいや歴女のカメラマンも大変ですわcoldsweats01

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独眼竜参上の天地人

いや~若いsign01そうかあ伊達政宗は、兼続より7つも年下だったんだ。。

以前、渡辺謙が、同じく大河ドラマで、『独眼竜政宗』をやっていたけど、あの頃はこのまっちゃん姫も若かったせいでしょうか、とても貫録があったように見受けたのですが・・・

しかし、兼続の弟君の実頼が、京ではすっかり前髪を落としているのに、なんで兼続は変わらないのsign02

ま、いいかそんな細かいチェックを入れているとキリがありませんから。。

しかしあの松田兄弟、篤姫での翔太クンは癒し系でほんわかでしたが、今度の龍平クンは、役柄もあってか、いたってワイルドですな。

しかしなぁ・・・初っ端からぼやきたくないのですが、今回のメインともいえる上杉の使者である兼続と伊達政宗との絡み、いいところまで行っていたのですが、急に佐渡へ渡ってしまいましたなぁ。。

それって、えええっ、あのあと兼続は、政宗はどうなったのsign02って、ところで問題解決したのって聞きたいくらい視聴者を置き去りにした感じがしたのですが・・

ここなんですよね。もう一歩踏み込みが欲しいのが。

ムムム・・・イカン、またこの調子だとぼやきで終わってしまいそうなので、さ、ふりかえれば横浜ではなくて、あ、あれはふりむけば横浜でした(byマルシア)

兼続の妻お船は、出産を控えて、与板城に帰っております。

そこへ、兼続の父、惣右衛門が、妻とともにお見舞いに度々訪れているようです。

しかし当の兼続は家老職が多忙でなかなかおいそれとは見舞ってやれません。

でそのつぐないではないけど、一生懸命安産のお守りでしょうか、手彫りでお犬さまを彫っているようです。

一方京では、秀吉もあの若武者政宗には手を焼いているようです。

再三、政宗にも上洛をするよう書状を送るもなしのつぶて、裏で家康とも通じておるかも知れん、実頼に、上杉だけが頼りぞ。上杉に任せると言い残します。

そんな実頼から、戦により勢力を拡大しつつある政宗を討てという秀吉の命の書状が届きます。

なにせ、伊達政宗らの軍勢が通ったあとは草木も生えぬというほどの凄まじい戦ぶりです。

これぞ非情のライセンス(って古~みなさん御存じですか)なぜかこんなことばかり頭に浮かぶまっちゃん姫でござんす。

ただ、景勝は、そんな太閤殿下ともわたり合おうとしている若武者政宗に対し、話の通じるものかも知れんと察し、ここは名代を立てるべく書状を出そう、頼むぞ兼続sign01とやはりここはまたしても兼続しかいないようです。

しかし・・・その書状さえ、正宗には『しつこいsign01』のひとことで、焼き捨ててしまいます。

強いものが立つのが当然と、あくまで軍事至上主義って感じです。

いよいよ米沢城へわずかの手勢を連れて向かった兼続ですが、ここからはおひとりでと伊達の家臣に言われます。

あくまでも対等でと申し立てた兼続、さていざ会見へ。

しばらくお互い無言のあと、兼続は、乱世は終わり、領地を奪い取る時代ではないもうおやめなさいと諭します。

やめてもいいがの。越後をくれるなら、とこれまた過激な発言の政宗です。

そして上杉も我らと組んで天下を狙ってみるか、伊達&上杉と手を組めば、怖いものなし、秀吉の顔など伺ずとも、世は治まるわ、と。

これに兼続はどう出るか。

かつて伊達殿と似た男がおりました、と話しだします。その男とは織田信長。

力ですべてねじ伏せようとしたが、ひとつこぼれ落ちたのがあったと。

力で抑えようとすればするほど人の心は離れて行き、みずから滅んでいったと。

お若いのにいつまで古き考えでおるつもりか。

ここまで言われて黙っておれません、伊達の家臣が兼続を制するのも聞かず、刀を兼続にも渡します。

だが、その刀はそのままさやもおさめたまま静かに置きます。

その政宗が刀を振りかざした時、その視線の先には・・・・

姫君の姿が入り、なぜか政宗はそのまま刀を下ろしてしまいます。。

それは政宗の正室愛姫です。なぜあのものをお討ちにならなかったのかの問いに、切るに値しない男だからよ。と強がっているようにも見られます。

親兄弟とも血なまぐさい争いごとで亡くし、母の愛情にも恵まれずにいた政宗に兼続の親兄弟、そして民のため、愛情に満ちた言葉に、ひるんだのでしょうか。

そして一転して、佐渡平定へと向かった兼続、ここはさほど労せず降伏させ、金銀豊富な佐渡の開発へといっそう発展していきます。

しかーし。そこへ春日城からの書状が。

やはり政宗はなんとか一族を滅ぼしたらしい。。

そしてこれに喜んでいるのが、あの家康です。

北条ともつながりを持ち、これからますます伊達殿には頑張ってもらわねばと愉快で仕方ない様子です。

まだまだ天下統一の道のりは時間がかかりそうです。

さ、そんなわけでかなりかいつまんで走ってしまいましたが、深キョンの茶々姫もいたし、お船とのやりとりもありました。

ささ、それではそろそろ梅雨明けもはじまっているようでして、今日はお江戸の方では都議選なるものもあったようで、麻生さんどうするんでしょうねぇ。

ではお名残り惜しいですが今宵はこれにて。

まっちゃん姫

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京の都から戻りました!

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ただいま京都から戻ってまいりましたsign01

いやいやお天気が心配でしたが、初日のお昼前には上がり、その変わり蒸し暑かったですcoldsweats01

しかしカメラマンは疲れました~happy02

撮りためた写真はこれから整理してまた後ほどお届けしたいと思います。

写真は知る人ぞ知る・・・ですよねhappy01

お疲れのまっちゃんカメラマン

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AGATHAの時計

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私は普段、ブランドものには拘らない方で、たまたま気に入って買ったものがどこぞのブランドだったってな感じで、バッグや服などにしてもソコソコのものあり安モンありって色々です。

それにどちらかといえばシンプル志向で、仕事がらもあり常時アクセサリーなども身につけることもないのですが、それでもたまには夏向きにネックレスも欲しいなぁって思い、百貨店で物色していたら、、自分の好みにあったアクセサリーのコーナーを見つけました。

右側のネックレスは店員さんのおススメで、一見なんともないシンプルな長めの一連のネックレスなのですが、これが色々とアレンジが出来て、二連にしたり、ねじって変化をもたせり、順に結んでいってまた違った雰囲気を楽しんだりと幾通りにも表現ができるネックレスなんです。

またしても気にいってしまい購入することにnote

で左の時計はここのブランドのアガタのスコッティテリアのワンちゃんのデザインが入った可愛い時計で、これが私しゃ時計が大好きで、カジュアルな感覚でこれまた夏向きに楽しめるなぁってこれも買っちゃいました~happy01

ネックレスとも合いますよと店員さんにも言われ、ホントだこの夏活躍しそうですねぇって話しながら、満足、満足heart04

しかしカメラから始まり、この夏のボーナスもなにかと買いこんでしまい、ちっとは貯金もしないといけないのに、すっかり使いはたしてしまった・・・coldsweats01

ま、日頃ガンバっている自分へのご褒美ってことにするか(無理やり納得)smile

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七夕に願いを

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明日は七夕ですね。

このまっちゃんも色々願い事がありちょいとハーバーランドまで出かけてみました。

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これは茅の輪といいます。

茅で作られた輪で、魔除けに効能があるとされる茅を人がくぐりぬけるほどの大きさにつくられています。

茅の輪は、災厄を取り除く力があるとされているそうです。

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七夕の短冊は7月の七夕の日に天棚機姫神(あまのたなばたひめのかみ)をまつる京都北野天満宮で催される七夕まつりに奉納されるそうです。

さ、そうと聞けば、願い事を書かない手はありません。

なんと二枚も書いちゃいましたhappy01

一枚は家族の健康祈願、もう一枚は自分への願い事です。

ある夢がかないますように。そしてもうひとつ・・・これは神様に頼むしかないかなってナイショです(笑)

ちょっと欲張りすぎたかなぁ。。

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兄弟の絆の天地人

毎日蒸し暑い日が続きますね。どうもまたしても二週間ぶりの登場となりました。

今日は午後から雨が降る予報だったのですが、すっきりしないお天気のままそれがかえってムシムシして、今もすこしでも回らない頭の働きをよくすべくエアコンもドライに設定して只今快適にパソコンに向かっているまっちゃん姫です。

しかし最初にお断りしておかねばなりません。昨日は仕事明けで、再放送を観ようと頑張っていたのですが、いつの間にか記憶が飛び断念。

で今日も仕事でして、今頃になってなぜか眠気が・・gawk

でも明日はお休みなので最後の力を振り絞ってなんとかお届けしようと思っておりまする。

ただどうなんでしょう。この大河ドラマ、相変わらず世間の評判は厳しいようですが、それに反して視聴率は好調という珍現象。

この前の夜勤のとき、いつものようにお廻りをしていて、あるテレビ好きのおばあちゃん、最近は日曜の夜は”うたばん”をもっぱら観ているのです。

この頃大河ドラマは観てないの?と尋ねると、『篤姫は面白かったけど、今のはようわからん。。なんか場面が暗かったり。昔は時代劇はちゃんと修行して出てきたけど、歌右衛門(?)とか松方弘樹とか(今出てるんですけど・・)今はパッと出やからなぁ・・』とのこと。

なるほどなぁ。そういえば他の患者さんも昨年は楽しみに篤姫を観ていたのに、今年はさっぱり観ている様子がないわけでして。。

そういう私も何度か挫折しそうになりましたが、なんだかこのレベルに慣れていたというか、ま所詮ドラマなんだからと思いつつ、でも大河ドラマである以上、他の民放ドラマとは一線を画して欲しいものだと思ってみたり。

さ、そんなことばかり言っておりましてもせんないこと。

さてと。実はもう頭がボ~っとしており、なかなか本題にはいれません。。

一週抜けているので、ちょいと話が飛んでいますが、兼続の弟与七が小国家へ婿入りしたようです。

そこは源氏の流れをくむ由緒ある家柄。どうも家族もその血筋にすがって生きている感もありますが。

しかし与七のお仕事といえば兄の補佐役で、お蔵番という係。

これには小国家も黙っておりません。ひたすら御家柄を気にする義理の父上やら妻にしても与七に容赦ありません。ちょっと与七が気の毒なくらいです。

そこへ兼続の計らいもあり、景勝の名代として、関白殿下にお目通りに上洛するようにとの命が。

やっと重要な任務を頂戴した与七、しかしこれしきでは妻も喜んでくれません。。

さてその上洛したじゅらくていでは、側室茶々姫こと、深キョンが登場しましたねぇ。

しかも一目みて与七の歌の才を見抜いたようで、名前も小国ではなく大国にしてはなどと、

与七を困らせますが、今度は名前と同じ小さい男と、なんとも言いたい放題ですな。

しかしこれがまた秀吉にしたら、この生意気なところが可愛いみたいですね。

でも個人的に深キョンは可愛いと思っているまっちゃん姫なので、ここは許してあげましょう。

そして秀吉が次に引き合わせた人物がなんとあの家康です。

これには与七もビックリです。それも家康をそのままにして、次なる案内をしよとうというのだたからさすがに与七は気をつかいます。

・・・・・いけません。はや時計は午後十時。ペースアップしなくては。

ふたりきりになり、秀吉はたくみに与七の気持ちをつかんでいこうとします。

まずは兼続を褒め好意を寄せていることを話し、ワシはそなたの気持ちがよ~~~っくわかるといい、自分も二番手でいつも柴田や明智がいてなぁと同じ境遇だと言わんばかり。

よしそなたに官位でも授けるか。信頼の証として。このワシを京の父と思うてくれとまで言われる始末です。

越後に戻った与七は、兼続から守備はどうであったか。との問いかけに秀吉から官位と名前を授かったことに、殿の名代として断れたはずと問い詰めます。

これはしたり。上杉家のためとしたことが、兼続にしたら、断固たる信念を貫くのが上杉じゃ、大役をまかせるのは任が重かったに、つい感情的になり兄弟けんかになってしまいます。

ここは景勝の計らいで関白殿下からの官位を認め、姓を変えたのは景勝の命とすることでおさめます。

再び上洛の運びとなり、今度は景勝、兼続、そしてこれからは実頼としましょう、の三名そろって秀吉に謁見することになります。

ここでは兼続は、秀吉に官位を授かることに対して、人心をつなぐことに官位を利用することは全く我らを見下しておられる。と忌憚なく意見を述べます。

殿下、なにとぞ上杉家の忠義をお信じ下さい。さような官位など無用でございます。天下安寧のため、我らの偽りなき真意をお信じください。

・・・すまぬ。。天下の太閤殿下もがっくりうなだれます。。

まこと自分が恥ずかしい。。(しょんぼりdespair)ちょっとガックリし過ぎではと思うくらいですが。。

その後家康から兼続は千利休の茶室に招かれます。

ここでまたしても家康からも”愛”についての由来を聞かれます。

これには、家康から思いのよらない面白いとの反応が。

しかし愛一文字で世の中治まるものかなと釘も刺しています。

一方実頼は、お涼に茶の手ほどきを頼みます。

ひとつでも兄上を超えたい一心です。

それから一か月後。京を発つ日が近づいた日、実頼は、兼続にお茶の手前を披露します。

そこで兼続に、私を京にお残しくださいと懇願します。しばらく兄上と離れていたいと。

兼続にしたらいつも微に入り細に入り、弟のことを気にかけ守ってきたつもりが、かえって実頼にしてみたら、いつでも兄に助けてもらえると思い、かえってダメにするのです。己が力で、精一杯試してみたいと。

これが後々、秀吉と上杉との橋渡しに重要な役割を果たしたようですね。

さ、やっとラストになってまいりました。

どうやら兼続とお船との間に待望の二世が出来そうですね。

どうも毎度のことではございますが、かなり端折ってしまいましたがご了承を。

それではみなさまにおかれましては、どうぞ体調にお気をつけて、また来週お会いしましょう。

まっちゃん姫

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そうそう今急に思い出しました。次回の予告でいよいよ伊達政宗が出てくるみたいですねー。あれ?どっかでみたことある顔だなぁって思っていたのですが、もしかして松田龍平?ん?字が違う??ってことは篤姫では弟君が出演してましたよね。

つまり兄弟で大河出演ですか。さすが血は争えないですな。

いやいや違ってたらすみません。。

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テーブルフォト

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先日、家でカメラのSDカードを整理していて、今まで撮ったものを色々見ていたら、もうちょうど一年前になりますが、写真教室で撮ったものが出て来ました。

一眼レフにちょっと慣れてきた頃かなって感じで、このときはテーブルに生けられたお花を自由に撮るというテーマで、撮影に挑戦したのでした。

確かこのときの様子もブログでアップしたのですが、まだ未発表のもので技術は未熟ですが、そこはお花はなんといっても綺麗ですのでちょこっと紹介しようかと思います。

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最初は飾ってあったお花たちをそのまま撮っていたのですが、こうして取り出してアレンジしてみたりみな各々思い思いに撮影していました。

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写真って不思議です。たとえば本とか音楽でもそうですが、そのときはなんとなく見たり聴いて感じたことが、時間が経ち、改めて思い起こすと、また別の発見があったり、そうかこれはこんな意味もあったんだなぁってそれはその間、いろんな経験や考えの積み重ねが、より幅広く見えてくるものがあるような気がします。

そしてこれからも色んなものを見聞きしながら、自分の感性を磨いていけたらなぁってちょいと殊勝なことを考えたりしたのでした。

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新しいカメラリュック

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今日から7月ですね。まだ梅雨の真っ最中ですが、それでも確実に夏本番にむかって近づいているようです。

今までは旅行といえばコンテジが常用だったのですが、ここはやっぱりD90も購入したばかりだし、デジイチやレンズもしっかり入るカメラバッグが欲しくなりました。

先日、森林植物園の帰りにいつものカメラ屋さんに立ち寄り、カメラの操作を聞いた後、雑誌の切り抜きを持って行って『こんなカメラバッグが欲しいのですが』と尋ねたのでした。

『他にもいろいろとありますよ』と店の奥に入って陳列されたバッグの数々を見せてもらい、私は泊まりがけの旅行にもとリュックを希望していて、まあお値段からデザインも様々ですな。

そのなかから、お店の人がいわく、『今はいかにもカメラバッグというより、普段でも使えるようなバッグが流行ってきているんですよ。』とのこと。

そのおススメのカメラリュックがこの写真でござい。

麻素材の肌に優しく考慮され、私は知らなかったのですが、NATIONAL GEOGLAPHICのカメラリュックです。

『たぶん、持つと分かりますが、街中でもこのメーカーのバッグを持っている人見かけますよ』ということらしい。

つまりカメラを持たない時は仕切りを外して、フツーにバッグとして使えるという代物。

ね、なかなかお洒落でしょ。

さ、説明が長くなりましたが、中はどんな感じかというと。。

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下の段がカメラを収納できるスペースになっています。これだとカメラ本体にレンズも2~3本は入りそうです。

実際シグマのズームレンズもすっぽり入りました。

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上の段は、着替えや、もろもろと結構入りそうです。

日帰りだったらお弁当も十分いけそうです。riceball

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そしてちょっと気になったのが布地なので雨の時がなぁと思ったのですが、ご心配なくgood

ちゃーんとこうしてリュックのカッパがあって、すっぽり覆ってくれます。

そしてカメラ屋さんいわく、実際のユーザーの意見を取り入れて細かいところまで配慮されているんですよ。と言われ、確かに、リュックのサイドには三脚もとりつけるようになっていたり、ペットボトルの収納袋もあったり、ポケットも4つもあり、長財布もらくらく入るし、とってもよく出来たリュックなんです

すっかり気に入ってしまい、購入することにhappy01

どうです、よかったらこのまま使いますか。と言われ、そうねぇとさっそくリュックをしょってみたら、”うん、もうそのままの位置でカワイイですよshine”とカメラ屋さん。

そうかしらheart04とそのまま”どうもです~note”ってな感じでカメラ屋さんの”ありがとうございましたhappy01”の声を背に、さっそくリュック背負って意気揚揚と帰っていったのでした。

やや形が先行した感がありますが、いよいよこのまっちゃんカメラマン本格的になってまいりましたhappy01

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